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2007年10月13日

おーい、お茶

大便(通称うんこ)をしたら肛門が裂けそうになった。


そんな訳で本日はゆうざん先生こと木村優の
歌録りって事で代々木まで応援しにいってきた。

とりあえずAM9:00スタートってことだったので、
朝起きて仕度して出掛けたらPM17:00に到着したのは
まったく世界の七不思議。

着いた早々ギャーすか騒いで作業の邪魔してたら、
終了しちゃったもんで応援もクソもないやププー。


そんなお茶目なボクが最近読んだ本。


『究極奥義』加藤 鷹(著)

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本の表紙がワキ舐めてる写真て斬新だなー。

とりあえず本の中身は終始一貫して
【女性は想いやりを持って優しく接するべし】
みたいな内容だったんだけど、

ってその前にみんな加藤鷹って知ってるのか??
ウチのゆうざん先生は知らないんじゃないか?
サムスンあたりも怪しいな…

ま、それは別にどうでもいいんだけど、
その本の中に“モテる男はセックスがうまい”といった記述が。

いやいやいや、ちょっと待て、と。


セックス(あんまりこの表現が出るのもバンドのイメージの関係でアレなんで、今後は『ニャンニャン』で統一)できるって時点で、それは既にモテてる訳で、世の中のモテないメンズはニャンニャンまで辿り着けず日々個人練習に勤しむ訳であって、そこで言うと既にモテていてニャンニャンできるメンズは回数を重ねる毎にテクニックも伸びていき更なるモテへの道を突き進み、逆に現時点でモテてないニャンニャンできないメンズはモニター越しにニャンニャンを頭の中で勉強するしかない訳で、そこでスキルアップも望むべくもなく、ただ右手(人によっては左手)のストロークばかりに磨きがかかるだけではないか。

となると必然的にモテない道を歩むばかりか、引きこもることによって出会いの母数も減る事になってしまう。そうなるとモテるヤツとモテないヤツとの差は広がるばかりで、こうして世の中は二分化されていってしまう訳だ。

という事はなにか、いつ来るかもわからないイベントに向けて日々深爪しながらもモニターの前で素振りしているかわいそうなメンズにこの本を読む資格はないと。加藤先生はそうおっしゃる訳だ。

それはあまりに酷い話ではないか。だってきっとこの本は、経験も少ない素振りばかりしているボーイ達が、いつの日か迎えるであろうと希望を持って待っている間に少しでも素敵なニャンニャンになる為にあらかじめ勉強しておこうと本屋さんで手に取ってる場合も少なくないはずだ。
そんな未来の希望に胸と股間を膨らませているボーイ達に、【ニャンニャン下手はモテない=ニャンニャンできない】なんて現実を突きつけられたら、それはあまりに酷ではないか。

いや、待てよ。あくまでこれは加藤先生の仰っているイデオロギーであって、実際の女性たちの意見はどうなのか。大切なのはそこではないのか。実際にニャンニャンが下手であろうと、愛している男性であれば、それも含めて愛してはくれまいか。っつーかそれが理由でフられた日にゃEDになることはほぼ確定要素であり、それから先待っているのは肛門(以後お菊さん)の開発と筋肉への妄信という、世間的に考えればノー・フューチャーな世界。そんな残酷な結末は無いと信じたい。

しかし、ここで頭によぎるのは、加藤大先生はこれまで延べ5000人もの女性とニャンニャンしてきたという事実。これは揺るぎないことであり、それまでの女性の生の声をもとにそのイデオロギーが確立した訳であって、それはイコール女性の声ということになりはしまいか。

一人一回としても5000ニャンニャン。単純計算で一日一人としても……13年以上もかかる。えー!13年???20歳で一発目としたら33歳までかかるの??毎日やるんでしょ?えー!!!?

ま、とにかく膨大な数である。その膨大なニャンニャンの上に成立ったイデオロギーであるならば、それは残酷であれ真実なのではないか。悲しい結末だがそれが真実であるならば、ボクらにできるのは受け入れることだけ。一縷の望みにかけるよりも、現実をみてお菊さんの調教を始めた方が懸命なのか。


なんてことをふと考えてみたりしたけど、
大したオチもないし面倒臭くなってきたので終了。